2009年6月8日月曜日

Ohrid


こんにちわ!
沖縄からホステルバーニーズ ブレイクファーストで御座います。

今回は久しぶりに今冬に行った社員旅行の写真を載せました。
場所はマケドニアのエルサレムと呼ばれた時代があったオフリドの聖ヨハネ・カネヨ教会です。
10世紀末から11世紀にかけて、ブルガリア帝国の首都でもあったこのオフリドには大主教座が置かれ、現在でもマケドニア正教会の大主教座が置かれているいわゆる聖地です。
1980年、オフリドとオフリド湖はともにユネスコの世界遺産に登録されました。
東京ドーム3つ分くらいの町の中に、大小合わせて約300の教会が所狭しに点在しており、湖の対岸はアルバニアとの国境として、フェニキュア人の文化も町のあちこちに垣間見れます。
中でも写真の聖ヨハネ・カネヨ協会は町の外れに位置し、ひっそりと佇んでいます。

前回の社員旅行で私が行きたかった場所のbest3に入る場所で、先進国のようにインフラ設備がバッチリ整っている訳ではないマケドニアですが、国民性は沖縄のひとと類似するものがあり、非常に優しいホスピタリティーを感じられた、そんな国であります。
旧ユーゴスラビア諸国の独立の際、唯一無血独立を果たしたマケドニアですが、アルバニア国境付近では現在でも戦闘があり、緊張が漂ってはおりましたが、そんなことを感じさせないようなマケドニア人の人柄に癒された場所でもありました。
そして、日本人の旅行者なんて全然来ない場所なので、いちいちおせっかいをされたのもまた印象に残っており、コソボ・ヴィヴィオディナの国々に少しばかり似ていた気がします。
オフリドを後にした私達の次なる目的地は、アルバニアのティラナでした。
上記の移動は…と言うか、旧ユーゴスラビア諸国での移動は非常に困難を極め、過酷な数週間ではありましたが、今となっては10年前にカンボジアの国境を陸路で越えた際に地雷が爆発した時のことを思い出しました。
なぜ、私達がこのような過酷なルートを辿ったかと言うと、行きたかったbest1のラグーサ共和国の元首都、現在はクロアチアのドブロブニクへのアプローチの為でした。
ヨーロッパに住んでいた頃から、ドブロブニクへは何度もチャレンジしようとしたんですが、やはりザグレブや対岸のイタリアなどからだととても困難を極めるルートにつき、そしてコストパフォーマンスも非常に悪く、なかなか行かれなかったんです。
ですが今回はブルガリアから北上するルートをとったので、経由のオフリドにも寄れて、少し年齢的にもハードではありましたが(笑)非常に良かったと、今となってはそう思います。

私はいつも本気で旅行してしまうので、ちょうどコソボが独立を宣言して1か月目で、周辺には緊張感が漂っていたんですが、そんなことよりも今を大切に考えてしまいました。
お店はあるけれど、未だ独身の身ですので、行けるうちはガツガツ行きたいと思うのが身上であり、タイミングを見計らっての前回の旅は人生において最高のtripでありました。

長くなりましたが、また旅行の写真を載せてみます。

沖縄は梅雨だというのに、湿気も雨も少なく、今年は比較的過ごしやすいのではないでしょうか♪
現在、6月は外国のセメスター終わりと言うのもあり、例年通り外人が多いです。
日本人のお客様と半分半分くらいでしょうか。
17歳から海外旅行に出て早13年、自分の夢でもあった宿を経営し、異文化交流をここ沖縄で毎日楽しむ日々はとても有意義です。


OKINAWA HOSTEL BURNEY'S BREAKFAST

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